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ドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』監督・撮影・編集 金子遊のオフィシャルインタビューが到着


【ニュース】
ドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』。カナダ北部で暮らすイヌイットの文化・習俗を記録した 1922 年の映画史上初のドキュメンタリー映画『極北のナヌーク』から 100 年、日本発の映像人類学のドキュメンタリーとして、3 月 19 日(土)より渋谷のシアター・イメージフォーラム、4 月 8 日より岡山・円◎結 marumusibi、さらに大阪・シアターセブン、京都シネマ、神戸・元町映画館などでの順次公開される。公開を前に、本作監督の金子遊のオフィシャルインタビューが到着した。





Q. 金子さんは色々な活動をされてきましたが、その中でも本作制作に至った今までの活動を教えてください。
基本的には、僕は物書きで本を書く、批評家でフォークロア研究者です。その一方で、仕 事や個人的な創作としてドキュメンタリーを中心に映像作品を撮りつづけてきました。思え ば、学生時代の 1998 年に 16 ミリで撮りはじめ、その後 2008 年まで 10 年間 8 ミリで撮影し ていったフィルム日記『ぬたばたの宇宙の闇に』(08)が、すでに石狩河口、奄美大島、喜界島、徳之島、ヨルダン、イラクを旅しながら撮ったフィールドワーク映画でした。

2012 年にパレスチナで、2014 年に西ヒマラヤやミクロネシアで人類学的な映像を撮影したあた りから、映像人類学を意識するようになりました。ただ、そうした短編を完成したとしても、映画祭で上映し、トークイベントや大学の授業で資料映像として見せ、あとはWeb配信して 終わりでした。ところが、今回のムラブリ族に関しては、ラオス側でまだ誰にも撮影されて いない森の民の生活が残っていると聞いて、どうしても長編ドキュメンタリーにしなくては と思ったのです。


Q.ムラブリ族に興味を持ったきっかけは何ですか?
ひとつは、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『トロピカル・マラディ』や『ブン ミおじさんの森』といった映画を見たことですね。タイには何度か行っていましたが、イサ ーン(東北タイ)のピー(精霊)や民間信仰にも興味が向くようになりました。

北タイの森 に住み、まさに精霊と呼ばれてきたのが森の民であるムラブリ族だったのです。僕は若い頃 から文化人類学や民俗学に関心があり、オーストリアの民族学者ベルナツィークの『黄色い葉の精霊』を翻訳で読んでいました。近年、雲南省からインドシナ半島やインド北東部にか けてのゾミア(山岳地帯)に住む少数民族をフィールドワークすることが多かったのですが、 彼も 1930 年代にその地域を旅していた。そして、森の中で狩猟採集をして暮らし、半裸で ノマド生活をしていたムラブリ族のことを彼の本で知りました。

Q. 言語学者・伊藤雄馬さんと出会った経緯を教えてください。お会いしてどう思いましたか?
国際交流基金のアジアセンターのフェローシップをもらったので、2017 年 2 月から 3 月 にかけて、通訳兼ガイドや運転手を雇えるような、お金をかけたフィールドワークをするこ とができました。タイのウィチット・クナーウット監督が撮った『山の民』(79)という映 画がありますが、そこにはタイ北部からミャンマーのシャン州にかけて暮らす、アカ族、ラフ族、ヤオ族といったゾミアの少数民族たちの伝統的な暮らしが活き活きと描かれています。その映画を契機にしてフォークロアの研究を深めるため、山地民におけるアニミズム的な宇宙観やシャーマニズムについて、実地にまわって宗教儀礼や信仰を調査して歩いたのです。その流れでタイ北部のナーン県へ行き、ベルナツィークの本だけで知っていた、実際どこに いるかもわからないムラブリ族を探し歩きました。運良くムラブリの村を知っているタイ人 の旅行会社の中年女性と出会い、たくさんのおみやげをピックアップのトラックに積んで会 いに行きました。すると、タイ側のムラブリ族の人たちが定住生活をしているフワイヤク村 で、ちょうど住み込みで言語調査していた伊藤雄馬さんに出会い、意気投合したというわけ です。その時も、ムラブリ族の人たちの学校を見学したり、長老やおばあさんたちに昔の森 の生活についてインタビューしたり、バナナの葉と竹で寝床をつくるやり方をカメラの前で 再現してもらったりして、『黄色い葉の精霊』(17)という短編作品をつくりました。農耕 民族であるまわりの少数民族とちがい、タイ側のムラブリ族もつい 2、30 年前まで狩猟採集 をしていた人たちで、とても強い関心をおぼえました。

Q. 本作を製作する上で伊藤雄馬さんとの出会いが大きかったと思いますが。
確かに撮影と編集はすべて僕が担当し、インタビューをするために質問して、誰に何をし てほしいか、ドキュメンタリー的な「誘導」をしたのは僕ですが、伊藤雄馬さんも等しく共同制作者だと思っています。というのは、最初にタイのフワイヤク村で会ったとき、伊藤さ んから「嫌いあっているムラブリ同士を会わせてみたい」と聞かなければ、『森のムラブリ』 の重要なストーリーラインは生まれなかったでしょう。それ以上に重要だったのは、2018 年に主だった撮影をしたとき、すでに伊藤さんはフワイヤク村に 10 年以上通い、その場に 寝泊まりしながらムラブリ語を習得し、ムラブリ族の人たちから信頼を勝ち得ていた。

彼と フワイヤク村の人たちの間の信頼関係がなければ、ピープレッの語り聞かせも、芋掘りやバ ナナの葉でつくる家の再現シーンも撮れなかったと思います。伊藤さんのこの映画における 貢献は、到底「出演」や「通訳」といったクレジットで表現できるものではありません。


Q. 現地での撮影はどのように進めていったのでしょうか?
ラオスの森でノマド生活をするムラブリ族を探すこと、そして、人食いだと言って互いに 嫌い合っているムラブリ族の人たちに 100 年以上ぶりに再会してもらうこと。この2つは大 方針として決めていました。あとはフワイヤク村やドーイプライワン村、そしてラオスの森 の現場に入り、「このような場面が撮れないか」と僕が提案し、伊藤さんがタイ語やムラブ リ語やラオ語を駆使して現地の人たちに働きかけ、協力を求めていくというプロセスを重ね ていきました。

ラオスのにおける森の民としての生活が撮れなければ、長編ドキュメンタリー映画として 成立しないことはわかっていたので、あまり積極的ではない伊藤さんを説き伏せて、地元の 村の若い人をガイドとして雇い、登山に出発するまでが大変でしたね。確かに言葉は通じな かったけれど、逐一、伊藤さんが通訳してくれるので、ラオス側のムラブリたちの人柄や人 間関係は把握していましたし、言葉の抑揚や身振り手振りのニュアンスで何を言っているか はわかりました。ですので、あとは体をいい位置に入れて、より良いショットを撮る事に集 中するだけでした。ムラブリ族同士が対面するラストシーンでは、何か化学反応が起きるこ とは予測していたので、撮影者としての私は気配を消して静かにカメラを回すだけでした。


Q.監督として演出はしたのでしょうか?
タイ側のフワイヤク村に暮らすムラブリ族はムラブリ語を話しますが、僕が質問をして伊 藤さんに通訳してもらいながら、パーさんから創生神話を集めたり、ロンさんに歌をうたってもらったり、ドキュメンタリー的な取材を進めました。もちろん、すべてカットしていま すけど、フンドシおじさんに森でバナナの葉で寝床をつくる再現をしてもらったときに、「ラオスのムラブリについてどう思うか聞いてください」という形で、彼らから人食い伝説を引き出していったのも、裏で私がそのような指示を出しているのです。旅の途中で、最初は通 訳兼コーディネーター的な役割だった伊藤さんをフレームの中に入れて、メインの登場人物 にすることに決めました。

そうしたら、観客があたかもその冒険に立ち会っているかのよう な臨場感を出てきた。それは、ジャン・ルーシュ的なシネマ・ヴェリテの手法、つまりはイ ンタビューアーや撮影スタッフをわざとフレーム内に入れ込み、撮影している現場の生々し さを作品内に持ちこむことの自分なりの応用だったと言えます。

言語学のフィールドワークとちがい、ドキュメンタリー映像の撮影の場合、ただそこに座 って待っていれば、カメラの前で何かが起きてくれるわけではない。現場で「演出」までは しませんが、一定の「誘導」をしないと何も起きない場合が多くあります。たとえば、夜になると焚き火の前で、ムラブリの人たちが昼間とちがうテンションになることが経験上わか っていたため、あまり気の進まない伊藤さんをうながして、半分眠りかけているムラブリの人たちの寝床を訪問していきました。 

伊藤さんがムラブリ語でブンさんに話しかけていたと き、ブンさんのなかで記憶のトリガーが引かれて、急に「クルオール」と呼ばれる蛇を捕ま えて食べた話を興奮した様子で話しはじめた。普段はラオ語を使っている人が、伊藤さんが 触媒になったおかげでムラブリ語の舌が動きはじめたんですね。そんなふうに「誘導」をし ているので、『森のムラブリ』に映っているのは、普段のあるがままの彼らの姿ではないか もしれません。それは撮影者やカメラが介在して引きだすことによって、より鮮明に見える ように掘り出された彼らのもうひとつのイメージだといえるでしょう。


Q. 撮影後のポストプロダクションでは、日本語のドキュメンタリーとは違う工程があった かと思いますが、どのような作業がありましたか?
現地で書いたフィールドノートと自分の記憶をたどり、ムラブリの人たちがだいたい何を 言っているかわかる程度の状態のまま、シークエンスごとにまとめるアラ編をしていきまし た。そして、その映像を伊藤さんに見せて、どんな会話をしているのか通訳してもらった。 すると、ほとんど自分が想像していたような会話だったので驚きました。

それで 2 時間くら いに構成したバージョンにまで削っていった。それを今度は伊藤さんに詳細に翻訳をしても らい、それを元に編集して完成にまでもっていった。2019 年 12 月の「東京ドキュメンタリ ー映画祭 2019」におけるお披露目上映になんとか間に合いました。その後は日本語字幕をもとに、伊藤さんと若い人で英語字幕に翻訳してもらい、それが世界各地の民族学映画祭、人類学映画祭、先住民映画祭で上映されていったという流れです。

ラオス側のムラブリ族には、まだ森の生活が残っていますが、彼ら彼女たちは日常的には ムラブリ語を話さなくなっており、ラオ語の話者になっています。数時間山を登った森にあ る、もっとも人里から近いフワイハーンという野営地のシーンでは、カムノイさんとリーさ んの夫婦ゲンカが代表的な例ですが、刻一刻と目の前で事件やできごとが起きていったので、 とにかくそれを映像におさめることで精一杯でした。ですので、あとで翻訳してもらって「そ んな会話をしていたのか!」とわかって、にんまりすることも多々ありました。



Q. 本作の見所はどこだと思いますか?どういう方に興味を持ってもらえると思いますか?
森の民であり、狩猟採集民の伝統的なライフスタイルを持つムラブリ族は、都市で暮らす 私たちとも違うし、平原に住むタイ人やゾミアに住むモン族などの農耕民とも異なっています。お腹がすいたら森のなかで小動物や魚をとり、芋やタケノコを掘って食べてきたムラブリには、それを未来のために保存しておこうという考えはない。

ラオス側では、農耕民のように作物を計画立てて育てていき、それを国家に徴税としておさめたり、貨幣に変えて必要な日用品を購入するという貨幣経済には取りこまれていない。その代わり、独特の交易方法はもっていて、森で採ったものをラオ人の村へ持っていき、それを米やタバコなどと物々交換している。それから贈与経済と言えそうなものもあります。これは『森のムラブリ』の映像にも映っていますが、手に入った食料とかつくった食事をすべて、その野営地にいる人たちと平等にシェアしていました。これは食べ物が手に入らないときにも、互いに食料を分け合って生き抜こうとする、狩猟採集民ならではの知恵でしょうね。

私たちには農耕民から発展して、余分なものを生産したり剰余として蓄積し、それを富と して蓄え、そこに王や貴族や富裕層などの特権階級が生まれ、技能集団が発達し、国家のシ ステムが整備されていった歴史がある。その行き着く果てが、私たちの住む資本主義経済の 社会であり、それが文明の不可避な発展方法だと思ってきました。ですが、人新世の議論に あるように、化石エネルギーを使いすぎて気候変動が起き、巨大地震や津波で原発事故があ って、国々は軍拡競争をしてミサイルをどんどん飛ばしています。
つまり、農耕的な世界観と資本主義経済に支えられた現代の価値感のままでは、人類全体が破滅に向かっていくだけだということがわかってきました。

そんなときに、ムラブリのような狩猟採集民の生活を観察してみると、おおげさな言い方 ですが、人類の未来のためにそこから色々なことが学べると思います。もうひとつのオルタナティブな生き方の秘密がそこにあるような気がしました。たとえば、ムラブリがノマドで あり、遊動生活をするのは、その場にある芋や魚や果物を取り尽くさないためですね。別の場所に移動して、しばらくして戻ってくると自然環境がおのずと回復しているわけです。日 本では縄文時代から続いてきたような自然と調和し、持続可能な生活というものを狩猟採集民から学べるわけです。

『森のムラブリ』という映画は、人類がこのままの生活ではいけな いという問題意識を持った、すべての人たちに何かを投げかけられる作品だと思います。


Q.読者の方にメッセージをお願いします。

特に 21 世紀に入ってから、あきらかに地球環境の変化が顕著になっていると思います。 火山が噴火し、台風や水害が頻繁に起き、地震や津波や山火事などの自然災害が世界中で見 られるようになりました。神の見えざる手なのか、増えすぎた人類全体をターゲットにした ようなパンデミックが蔓延し、もう 2 年以上ものあいだ日常生活が戻ってきていない状態です。そんな中でヨーロッパで戦争が起きて、核戦争や世界大戦の危機まで言われるようにな り、難民になってしまう人たちが大量に出ています。今までの人類の文明の発展は何だったのかと思えるくらい、絶望的な世の中になってしまいました。

ですが、私はムラブリの人たちを撮影し、この映画をつくる中で、ちょっと安心したんで すね。家をなくし、電気やガスを失い、電気製品がなくても、きれいな川と森があれば、人 間は豊かに生きているんだなということがわかったので。彼らや彼女たちの姿を見て、物に 囲まれていることが、そんなに重要ではないんだと気づきました。

しかも、森の民には労働をして金を稼ぐ必要がないので、みんな時間に追われることなく、 明日の心配をすることもなく、ごろごろとダラダラと今を満喫して生きている。会社や学校 で大変な思いをしたり、人間関係の中で何か嫌なことがあってストレスをおぼえたりしたと きに、ふとムラブリのことを思い出し、森の中にいる時のように深呼吸をしてみると、ちょっとだけ息苦しい現代社会から距離を置くことができる。そして、すべてを捨てて、いつで も豊かな森で流浪の生活を送ってもいいんだと思えると、気が楽になる。そんなリラックス できる映画でもあるので、思いついた時に近くの森にのんびりするために出かける時のよう に、映画を観に来てもらえたらと思います。

【監督・撮影・編集】金子遊(Yu Kaneko)




金子遊 監督作品
出演:伊藤雄馬 パー ロン カムノイ リー ルン ナンノイ ミー ブン ドーイプラ イワン村の人びと フアイヤク村の人びと
撮影・編集:金子遊 現地コーディネーター・字幕翻訳:伊藤雄馬 パブリシスト:登山里 紗 デザイン:三好遙 WEBデザイン:古谷里美 製作:幻視社 配給:オムロ 幻視社 協 力:多摩美術大学芸術人類学研究所、京都大学東南アジア地域研究研究所
2019 年/85 分/ムラブリ語、タイ語、北タイ語、ラオス語、日本語/カラー/デジタル ©幻視社
3 月 19 日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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